「死刑」の意味の軽さ
2004/9/15毎日新聞 朝刊 「余録」
自分は悪いとは思っていない、謝る気もない、でも死刑は当然だと思うので法律の規定通り早く執行してくれ、そうでないと訴えるぞ、といわれて、はいそうですか、と執行してしまうようで本当に刑罰としての価値や意味があるのだろうか?
結局彼の思うとおりに、死なせてあげたような形にで、これでは法律に基づく単なる「自殺幇助」である。
死刑とはかくも軽い刑罰だったのか、と逆に思いたくなる話だ。
死をもってしか償えない罪があるのは確かかもしれない。しかし一方でそれは私たちの単なる先入観かもしれない。そもそも死刑は最も思い刑罰だというのも本当だろうか。生きていなければならない、ということはときにもっとも重い荷を人に負わせる事になるのではないか。今は余録子の次の言葉に耳を傾けたい。
「「死」と「償い」の間には深い溝もある。人の罪と罰を、その深い溝の底から見つめ直すのも時には必要ではないだろうか。」
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Comments
TBありがとうございます。
今回の執行が「間接的な自殺幇助」であったというのはまさにその通りです。
加えて、うちのブログでまのちゃんが書いてくれていたように、この犯罪そのものが、死刑制度の存在が生んだ犯罪だった、という観点も、きっとそうなのでしょう。
犯罪被害者遺族の立場だと、きっともっと複雑なのだろうという気がします。生きていてもらいたくはないが、確たる謝罪もなく、被告の思うままに刑が執行されてしまった、というのでは、何も解決にはなっていないとしか言いようがありません。
だからって、何をどうすれば解決なんだ、ということはないのかも知れないですが・・・
Posted by: ちいしゃ | Sep 15, 2004 4:40:53 PM